| 性別 | 男性 |
|---|---|
| 転職時の年齢 | 39歳 |
| 最終学歴 | 大学卒業 |
| 転職前の勤続年数 | 5〜10年 |
| 転職経路 | 知人・元同僚・取引先などのつて(リファラル含む) |
| 利用した転職サービス | リクルートエージェント、ビズリーチ、JACリクルートメント |
| 応募社数 | 2〜3社 |
| 転職活動の期間 | 3〜6か月 |
| 転職した年 | 2025年 |
| 総合満足度 | ★★★★★ 4(満足) |
| 転職前 | 転職後 | |
|---|---|---|
| 業種 | 転職前人材サービス・アウトソーシング | 転職後IT・通信 |
| 職種 | 転職前営業 | 転職後管理・事務・スーパーバイザー |
| 年収 | 転職前600〜800万円 | 転職後800〜1000万円 |
| 雇用形態 | 転職前正社員 | 転職後正社員 |
※本記事は個人の感想・実体験に基づくものです
ベンチャーからメガベンチャーへ転職
約9年勤めたベンチャー企業から、メガベンチャー企業へ転職しました。前職ではチームのマネージャーを務めていました。転職先では新規事業部で、就職支援事業の事業責任者を務めることになりました。
はじめは法人営業の担当者として、企業の採用活動を支援していました。既存クライアント企業に採用計画を提案したり、新規企業を開拓したりする仕事です。その後、採用プロジェクトの責任者を経て、マネージャーになりました。
調整役ばかりの日々で転職を決意
担当者として、その後はマネージャーとして、様々な経験をさせてもらいました。ただマネージャーになってから、会社の方針とメンバーの想いの間に立つ場面が増えていきました。自分は誰のために働いているんだろう、と分からなくなることがあったのです。
社内外での調整役としての立ち回りが増えていきました。何かに挑戦している、成長していると思えることが少なくなったのが、転職を考え始めたきっかけです。
エージェント経由の活動で感じた違和感
最初は転職エージェントやスカウトサイトに登録しました。具体的には、リクルートエージェント、ビズリーチ、JACリクルートメントを利用し、エージェントや紹介された企業の方に話を聞きました。
ただ求人内容を見たり、業務内容の話を聞いたりしても、どれもこれまでの延長線上にあるものに見えました。入社後に自分がどんな仕事をするのか、その絵が想像できてしまうことに面白味を感じなかったのです。
選考に進んだ企業もありました。しかし新しい挑戦の機会として転職を捉えていたため、心からやりたいと思える仕事にはなかなか出会えませんでした。
転機は取引先役員からの誘い
活動を始めて4か月ほど経ったころ、転機がありました。クライアントとしてお付き合いのあった役員の方と食事をした際、話題が私の今後のキャリアに及びました。その後、ありがたいことに一緒にやりませんか?と声をかけていただきました。
お誘いいただいたのは、これから土台を整えていくフェーズの新規事業でした。事業全体を作る段階から関われること、事業責任者として売上や収益、組織体制まで全体を見る必要があること。自分のこれまでの経験を求めてもらえたことに加えて、挑戦できる要素が多分にあると感じました。
新規事業の選考と印象に残った質問
声をかけていただいたとはいえ、選考はきちんとありました。採用責任者、担当役員との計2回の面接です。エージェント経由で進めていた人材系企業のマネージャー職の選考も、同時並行で進めることになりました。
選考準備として意識したのは、これからどんなことに取り組みたいのかを自分の言葉で話せるようにしたことです。これまでの経験を交えながら、新規事業への熱意や本気度を伝えようと思っていました。
面接で印象に残っているのは、前職で一番つらかった経験は何ですか、という質問です。マネージャーになってすぐにコロナ禍で事業が大きな影響を受け、チームを立て直した経験を話しました。声をかけていただいてから約1か月で、内定をいただきました。
オファー面談で年収を交渉
オファー面談では、年収の交渉を行いました。並行していた人材系企業は最終選考を終えており、正式なオファーレターをいただく前に、提示予定の金額を電話であらかじめ伝えられていました。その金額を正直にお伝えしたところ、その企業と同じ金額まで引き上げていただけました。
また事業全体を見る立場になるので、その新規事業で働いているメンバー2〜3名と話をさせてほしいと要望もお伝えしました。うまくコミュニケーションが取れそうかに加えて、事業への想いややりがいを聞き、自分と感覚が合うかを確かめました。
その後、人材系企業からも正式にオファーをいただきました。しかし新しい挑戦としてふさわしいのは新規事業の方だと感じ、辞退しました。転職先には内定から約2か月後に入社しました。

年収2割アップと待遇の変化
結果として、年収は前職から約2割上がりました。ポジションはチームのマネージャーから事業責任者になりました。抱えるメンバーも最大10名から、正社員と業務委託を合わせて15名ほどに増えました。
ベンチャーからメガベンチャーに移り、違いを感じたのは仕組みの整い方です。社内システムも整備されており、バックオフィスの各部署にもそれぞれプロフェッショナルがいます。
前職では自分で調べていたことも、会社の知見や事例をもとに進められました。特に法務まわりの問題にスムーズに対応できた時は、会社の組織力の強さを感じました。
事業責任者として直面した予算の課題
事業責任者として初めて直面したのは、主に予算や計画の立て直しです。新規事業のためこれまでの実績がなく、計画が絵に描いた餅になっている部分がありました。
そこで、他の事業部で新規事業を立ち上げた責任者にアドバイスをもらいました。自分の事業に応用できる点を取り入れて、計画を見直していったのです。また過去の実績を数字で徹底的に分析し、今後の予算も見直していきました。
計画を見直してからは、達成する月がコンスタントに出始めました。メンバーもやれるという感覚を持てるようになり、モチベーションも上がったと思います。
転職してよかったこと・戸惑ったこと
よかったのは、年収はもちろんですが、何より新しい挑戦ができたことです。やることがはっきり決まっていない新規事業は、良い意味で絵が浮かばない環境でした。事業責任者として初めて直面する問題もありましたが、自分にとって求めていた成長の機会だったと思います。
入社前にメンバーと話していたことで、一人一人のバックグラウンドをある程度把握できました。チームにスムーズに溶け込めたのもよかった点です。
戸惑ったのは、会社のカルチャーの違いです。同じ会社に約9年間いたので、雰囲気の違いには少し戸惑いました。急成長している会社だけあって、細部にわたって仕組み化がされており、そのルールを自分の中に落とし込むのには苦労しました。
今の仕事の先が見えてしまう、と感じている方にとって、少しでも参考になればうれしいです。
あわせて読みたい転職の体験談

電話で聞いた他社の年収を交渉に使うとき
この記事は、ベンチャー企業で約9年働いた30代後半の男性が、取引先の役員の誘いでメガベンチャーの新規事業の責任者に移った体験談です。ご本人はオファー面談で、並行して選考を受けていた会社から電話で聞いた提示予定の年収を伝えています。正式な書面が出る前の他社の金額を交渉に使うときは、その金額の中身を確かめておくことが大切です。
年収交渉をすること自体は、マナー違反ではありません。他社の提示額を出すときは、先にその会社が第一志望であることを伝えます。そのうえで、同じくらいの条件を検討してもらえないか相談してください。
言い方の例は「他社から〇〇万円の提示を受けていますが、御社が第一志望です。同じくらいの条件でご検討いただけないでしょうか」です。金額を決めるのは相手の会社なので、お願いする形で話すのが基本です。
反対に、採用担当者の印象を悪くするのは、他社の金額を露骨に引き合いに出す伝え方です。「他社は〇〇万円なので、同じ額でなければ入社できません」のように条件を突きつけると、強引な人だと受け取られるおそれがあります。金額だけを並べず、入社したい理由と一緒に話してください。
気をつけたいのは、電話で聞いた年収の合計だけでは、基本給や賞与がそれぞれいくらなのかがわからないことです。求人やオファーで示される年収は、多くの場合、1年間通して在籍したと仮定した見込みの額です。この額は、月給の12か月分に想定の賞与を足して計算されています。
見込みの額には、固定残業代(あらかじめ決まった時間分の残業代)が含まれていることもあります。賞与の額は、会社の業績によって毎年同じとは限りません。入社した月によっては、初年度の賞与が少なくなります。
金額が同じに見えても、中身が違えば実際に受け取るお金は変わります。そのため、電話で金額を聞いた時点で、基本給、賞与の月数、固定残業代の有無の3つを尋ねておいてください。本命の会社に伝えるときも、この内訳を添えると、相手が同じ基準で金額を検討できます。
年収の交渉は、内定を承諾する前に行います。一度承諾すると、あとから給与を変えてもらうのは難しくなるためです。話がまとまった金額は、労働条件通知書(入社時に会社が示す労働条件を書いた書面)で内訳まで一致しているかを確かめてください。
調整役から新規事業の責任者へ
ご本人が転職を考えたのは、調整役に回ることが増えて、成長の実感を持てなくなったためです。取引先の役員に誘われ、メガベンチャーの新規事業で事業責任者になりました。
年収は上がり、率いるメンバーも増えました。社内のルールに慣れる苦労はありましたが、求めていた新しい挑戦ができる職場に移れました。
