| 性別 | 男性 |
|---|---|
| 転職時の年齢 | 49歳 |
| 最終学歴 | 大学卒業 |
| 転職前の勤続年数 | 1年未満 |
| 転職経路 | 転職サイト・スカウト |
| 利用した転職サービス | 転職ボックス |
| 応募社数 | 4〜6社 |
| 転職活動の期間 | 1〜3か月 |
| 転職した年 | 2026年 |
| 総合満足度 | ★★★★★ 4(満足) |
| 転職前 | 転職後 | |
|---|---|---|
| 業種 | 転職前IT・通信 | 転職後IT・通信 |
| 職種 | 転職前ITエンジニア・Web・ゲーム | 転職後ITエンジニア・Web・ゲーム |
| 年収 | 転職前500〜600万円 | 転職後400〜500万円 |
| 雇用形態 | 転職前正社員 | 転職後派遣社員 |
※本記事は個人の感想・実体験に基づくものです
SESインフラエンジニアの退職理由
前職では、SESのインフラエンジニアとして働いていました。ですが、働く環境がよくありませんでした。命じられた現場は、銀行や証券のような大手ではないものの、金融関連の現場でした。
悪い意味での体育会系の雰囲気がある会社で、業績も思わしくないことから、一人当たりの負荷が高い現場でした。しかも、この酷暑・猛暑のなか、いまだにクールビズを採用していませんでした。
その会社の営業マンが、どんなときでもスーツ・ネクタイを着用しているから、バックオフィスも同様にしなければならない、ということらしいのです。今でも、本当にどういう理屈なのか理解できません。
その悪い意味での体育会系の雰囲気に、自分たちのマネージャーが乗っかろうとして、週5のフル出社を行っていました。私の通勤時間は片道2時間弱で、リモートでも業務はこなせるはずなのに出社を求められることに、すごくストレスを感じていました。
ちなみに、この現場の他のSESは、必要なとき以外はリモート勤務をしていました。そのSESがやらかして発生する不具合を、こちらが検証して解決案を提示する、という場面も多々ありました。
結局、マネージャーが現場で点数稼ぎをしたいためにフル出社になっているのですが、点数稼ぎできているかどうかも怪しいものでした。
高圧的だったマネージャーの実態
加えて、そのマネージャーは、やたらと担当者を追い詰めるタイプでした。私が行き詰まった業務があって、こちらが正しい対応をしていても、ネチネチと「それは違う」「意味がわからない」と言ってくるのです。
逆に、どうしてよいかわからない新たなタスクがあったときも、不明瞭な指示を出してきます。こちらが何とか形にしても、「そんな指示だしてない」と言ってくるタイプでした。
業務内容自体は、保守・運用なので良いのですが、この現場は会社の業績悪化で、もともとのベンダーさんが撤退したものを、私たちのSESが引き受けた形でした。
残されたドキュメントは不十分で、引き継ぎもしっかりされていない状態だったため、何が起きているのかを究明するのに時間をとられる感じでした。
つまり、技術的な向上が見込まれなかったということです。働く現場としても、技術的な向上としても、自分にはあまりにもメリットがなく、転職を決意しました。
転職ボックスでの転職活動
転職にあたって利用したのは、転職ボックスなどの転職サイトとエージェントでした。自分の経験が活かせて、リモート勤務ができるのであれば、なんでも良かったのです。
ぎゅうぎゅう詰めの電車で立ちっぱなしの通勤も嫌だし、あのマネージャーに会うのも嫌だし、変な体育会系の現場の雰囲気も嫌でした。
要するに、あのどうしようもない現場から、1日も早く離脱したかったのです。転職サイトでは、正社員にこだわりませんでした。
結局、SESに入ると、会社の都合で現場が決められてしまい、酷いマネージャーや現場に無理やりにでもアサインされてしまいます。なので、働く条件をきちんと事前に確約できる働き方であれば、フリーランスや派遣でもよいと考えていました。
なお、正社員のエージェントのほうは、面接の日程が平日の日中だけで、なかなか調整できませんでした。派遣やフリーランスのほうは、平日の業後の時間帯で調整してくれたため、複数の面接を行うことができました。
印象に残っている派遣の面接のできごと
印象に残っているのは、派遣の面接で、かなり高圧的な面接をする人がいたことです。正社員の面接では本当に見かけないような態度で、こちらのスキルシートもほぼ読まずに、「××はできるのか」「●●はどこまで対応できるか」というのを、横柄な態度で質問されました。
派遣は確かに傭兵みたいなものだから、このような扱いを受けるのもしょうがないか、と思いました。ですが、派遣会社の人は憤慨していたので、やっぱり珍しいことなんだな、と思いました。
結局、仕事を探して、サイトに登録し、面接を受けるという転職活動の期間は、約3ヶ月でした。派遣・フリーランスの面接を5社受けて、内定をいただくことができました。

年収より家族時間を選んだ結果
転職した結果として、はっきり言うと、年収は100万円弱下がりました。ただし、フルリモートでの働き方を手に入れることができました。派遣先のマネージャーも良い人で、精神的には穏やかに過ごせています。
また、残業は原則やらないということなので、このあたりも生活のリズムが一定に保たれている要因になっています。特に、子供たちと一緒に夕食をとれるということが、本当にありがたいです。
子供たちが家を離れる年齢を考えると、一緒に食事をとって会話をするのは、あと数年くらいでしょう。そう思うと、本当に貴重な時間だと感じています。
お金のことは、これからどうするか妻ともよく相談する必要がありますが、人生を振り返って、あそこで家族の時間を優先しておいて良かったと思える日が、まちがいなく来ると思っています。
フルリモート派遣への転職まとめ
転職先では、前職と同じITインフラエンジニアとして働いています。ただ、技術的には、かなりレベルの低い内容になっています。自分の担当領域について、派遣先には実務経験者がいないようで、すべて自分にまかされてしまっています。
誰かから教えてもらうという環境にないため、正直、成長している実感はあまりありません。ただ、これまで扱ってこなかった技術やサービスについても、自分がなんとかしないとどうにもならない状況なので、ひょっとすると、いつの間にか技術や知識が身についているかもしれません。
さて、転職した総合的な結果として、自分は良かったと思っています。お金は本当に大切なものではありますが、自分の人生の残り時間を考えると、心地よくない時間を減らしていくほうが重要だと考えているからです。
一方で、もし若いのであれば、将来の収入や地位のために我慢する、という考え方も重要だと思っています。なので、自分のライフステージのなかで重要だと思うことを自分に問いかけて、転職すべきかどうかを判断するのが良いと思います。

就業条件を入る前に確かめる転職
今回は、40代後半の男性が正社員から派遣社員へ移った転職の体験談です。SESのインフラエンジニアからITインフラエンジニアへと、職種は近いまま働き方を大きく変えています。
この転職で目を引くのは、雇用形態を派遣に切り替えて、フルリモートや残業なしといった条件を先に決めた点です。SESの場合、就業先は会社の都合で決まります。どんな現場に入るかを自分では選びにくいものでした。
派遣は、この点が違います。派遣では就業を始める前に、派遣元から就業条件明示書という書面が渡されます。ここには就業場所や指揮命令者、業務内容、時間外労働の有無などが書かれています。
働く場所や残業の扱いが、入る前に文書で確認できるわけです。口約束ではなく書面に残るため、後から話が違うという食い違いも防げます。フルリモートや残業なしを外せない条件にしたい人は、面談の段階でその点を派遣会社の担当者にはっきり伝え、明示書の内容まで自分の目で確認してください。
派遣の顔合わせは選考ではなく見極めの場
体験談では、派遣の顔合わせで横柄な態度の質問を受け、同席した派遣会社の人が憤慨する場面がありました。この一件は、態度の問題と、そもそも聞いてよい範囲の問題を分けて考える必要があります。
派遣では、就業前に派遣先が働き手を選別する行為が労働者派遣法で禁止されています。事前面接や履歴書の要請、合否の通達などがこれにあたります。顔合わせや職場見学が認められるのは、あくまで働き手本人が希望した場合に限られます。
そこで派遣先が聞いてよいのは、業務経験や技能など仕事に関することに限られます。年齢や家族構成、学歴といった業務と無関係な事柄は聞けません。まして高圧的な態度が許されるわけでもなく、失礼な対応が仕方のないものとして正当化されるわけではありません。
顔合わせは、ふつう派遣先と派遣元の担当者、そして本人の3者で進みます。違法性のある質問への対応は派遣元の担当者が担う役割なので、その場で一人で抱え込む必要はありません。派遣会社の担当者も同席します。
もし業務と無関係な質問や高圧的な対応があったら、無理にすべて自分で受け止めず、顔合わせのあとで派遣元の担当者に違和感を伝えて対応を相談してください。派遣先と直接の雇用関係がないぶん、間に立つ派遣会社を頼れます。就業前の違和感を担当者に率直に伝えておくと、入った後のミスマッチを減らせます。
まとめ
ご本人は、通勤や人間関係の負担が重いSESの現場で正社員として働いていました。そこから、経験を活かせてリモートで働ける派遣という道を選びました。年収より家族との時間を優先し、フルリモートで残業の少ない働き方を手に入れています。
収入は下がりましたが、子どもと夕食をともにできる暮らしを得て、精神的にも落ち着いて過ごせているようです。
